盗んでいのか悪いのか見極める:タロットカードの解釈:小アルカナ「ソード・7」
弁理士先生の事務所にあった花瓶が面白すぎた!
「特許王に俺はなる!!」
これだけハッキリと、宣言したから、きっと「特許王」になるのも遠い未来のことではなさそう。
と思いきや、これは「お遊び」なので、本心ではないらしい。
本心も教えてもらいましたが、それはシークレットということで。
「自己責任」が求められる今、「知ること」は自分を守ることでもあり、「知っている」と「知らなかった」では、その後の展開に大きな差が生まれてきます。
著作権に関しても、法的には細かい取り決めがありますが、ただ、「このくらいまあいいか」が許される「許容範囲」もあるそうです。
その「許容範囲」も、時と場合によっては変わることもあり、「不確実」だからこそ、トラブルの元ともなるそうです。
「画像」についても、基本的には、転用は御法度。
ただ、ネット上の「フリー画像」は大丈夫だそうですが、一番良いのは、やはり自分で撮影したものが、間違いないそうです。
「知ること」はリスク回避。
様々な情報が溢れているので、情報は、選んで収集しなくてはいけないと感じています。信頼できる「人」からの情報は、大切な情報。
でも、出所がわからない情報は、疑ってかかった方が良いと思います。
「形」あるものを守ればそれで良かった昔と違い、今は、個人レベルでも、形のないもの(知的財産など)と、上手に付き合って、守っていかなくてはいけなくなっています。
「守り」もどんどん「進化」をしています。
<タロットカード小アルカナ・ソード2>
ソードは「剣」です。
タロットカードの分類では「風」のエレメント。
「突く」意味合いを示しているため、「男性的」であり「陽」として解釈をされます。
「剣」は戦いの時に使われるものです。鋭い刃は、不要なものを容赦無く切り捨てます。ただし、それは大切なものを守るためです。
また「風」は、コミュニケーション・情報を通じて、外にエネルギーを放出します。
ソードは、「知性」「理性」のカードです。
正義を貫く、論理を戦わせる、急所をつく、困難と向き合い対決する、それは時として、流血の事態や、悲しみの気持ちや、別離に繋がってしまうこともあるけど、それでも凛として「剣」を振りかざす。
これが、「ソード」のカードの解釈です。
「7」の象徴的な意味としては、バージョンアップのために、階段をエイっと登るイメージです。
それは荒削りではなく、洗練されたエネルギーです。そして、力は十分あるし、準備もしっかりできているので、「後戻りしない」という強い決意がこもっています。
ソード7の解釈は
戦略を練って、バレないように、美味しいところをちゃっかり持って逃げる
無用な戦いはせず、直接的ではない解決策を講じる
機転をきかせてうまく立ち回る
ネガティブに解釈をするならば
無計画で、中途半端な計画に振り回される
不誠実、卑怯な方法をとる
となります。
絵の向かって右側には、地にしっかりと立った2本の「剣」があります。しっかりと大地に根を張った「剣」は、抜こうと頑張ってみても、抜けないのです。
時間をかけてゆっくりと育んだものは、赤の他人が引っこ抜こうとしても、奪えるものではありません。
カードの向かって右側は「未来」
反対の左側は「過去」に向かって流れています。
地に足のついた「剣」は、未来に向かって、これからも「進化」をしていきます。でも、詐取された「剣」は「進化」と反対側に向かって進みます。つまり「退化」です。
つまり「詐取」したものは、地に足がついていないため、いずれ、行き詰まりを迎えてしまうということです。
このカードを眺めていると、信頼できる人からの地に足のついた「情報」は、発展に向けてのエネルギーを授けてくれて、逆に誰が言ったのかわからない、または、聞きかじりの受け売りの情報からは、何も生まれないどころか、「退化」に向かっていってしまう。
だから、情報は選んで取集して、また、自分が発信する時は、ただ事実をそのままではなくて、いったん自分の中でしっかりと「熟考」してから、発信していきたい。
それには、まず、「信頼される人」でありたいなと感じます。
19世期頃の解釈は、「有益な教訓を得て自信が生まれる」「叡智」「希望」「願望」など、かなりポジティブに読まれています。
その当時は、「親方の技を盗め、そして、親方を超えて立派になれ」と言われていた時代。
今では、親方の技を盗むのも、「許可」が必要で、また、「盗んで良い技」と「盗んではいけない技」があります。なので、ネガティブな意味合いで捉えることが多くなってきたのかもしれません。
タロットカードの解釈も、時代の進化とともに変わっていきます。
興味深くもあり、面白いところですね。