
時の流れも「陰」と「陽」が繰り返している:陰陽論:「流れ」を知り「流れ」と一体化する
時代の流れは本当に速い。
しかも、どんどん早くなっていく。
これからも、それは加速していきそうな予感さえする。
これは、私だけではなく、周囲の皆んなが(皆んなって誰?って感じですが・・・笑)口を揃えて言っています。
同じ状況が続くと飽きてしまいます。
飽きると時間経過が長く感じるそうです。
なので、時の進みが速くなっていると感じるのは、良くも悪くも、刺激を求めて、動き回っているからだとも言えるのかもしれないですね。
「現状維持は退化」だとも言われています。
だから
もっと速く
もっと遠くに
もっと大きくと
気が付かないうちに、そう振る舞っているのかもしれませんね。
そうしなければと、焦っているかも。
「全て」は陰陽があり、その二つはバランスを取ろうと、両者の間で揺らいでいます。
陰と陽は、相反するものです。
この二つがバランスを取ろうとしているので、いつも「反対」に引っ張り合いこしています。片方が引っ張ると、もう片方も、負けじと引っ張り返します。
例えば、「進化」と「退化」
進化して、より複雑に難しく高度になると
より単純に、より簡単になる方向に引っ張られます。
なので、あまりに忙しく過ごしていると突然「何もしたくない・・・・」と座り込んでしまいそうになる。
これは、陰陽のバランスを取るために、当然のこと。
陰が強くなりすぎると、パタっと座り込んでしまうので、できれば、そうならない為に、「事前に時々」座り込むことをおすすめします。
それから、より効果的に座り込む為に、「流れ」を感じる「場所」を選んで座り込むと良いと思いますよ。
例えば、季節の花が風に揺れているのをボーッと眺めるとか。
春は、華やかな花が咲く季節。「流れ」も華やいでいて、辺りは華やかな気で溢れていますから。
「流れ」の中にいると、気を授かると同時に、気が奪われていきます。
これも、また、陰陽のバランス。
奪われるのも大事で、これがないと新陳代謝ができません。
もしも、自分の中に煮詰まって澱んだ気が占領していたら、「流れ」が引っ張り出していってくれます。
ただし、動き回っていたら、奪おうとする気が、取り付くしまもないから、それができません。
だから、座り込んでボーッとする必要があるのです。
行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたかは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。
これはかの有名な「鴨長明」の「方丈記」の冒頭です。
東洋思想の原理でもある「流れ」について、見事に書かれていると思います。
今、「停滞」しているとしか思えなくても、どこかはきっと流れていて
自らが「詰んだ」と決めつけない限りは
いつかは消えて、そして生まれていく。
だから、自然に解決することもある。
頑張って掴んだとしても、水の泡のように消えていき
後には「名残」が残る。
だから、積み上げたものが無くなることもある。
「流れ」って、情け深くもあり、残酷でもありますね。

