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「月」のように「感情」は満ちたり欠けたり:「下弦の月」と「陰と陽」

今日は(10月10日)は、下弦の月です。

 

満月を過ぎ、欠けていく月は、半分欠けて、半分は光を浴びている。これから光が、闇に飲み込まれていく月。

 

占星術では、太陽は「意識」を、月は「無意識」を象徴しているとされています。

 

かつて、全てを「意識」の上に晒されたものが、これから、「無意識」の領域に、吸収されるのか、それとも、戻っていくのか、光はどんどんと暗闇に向かうように、人の心の中に、閉じ込められていきます。

 

 

「陽」から「陰」へと向かう気を、肌でひしひしと感じ始める時。

ひっそりと、穏やかな、自分の心の声が、今までは、光にかき消されて聞くことが出来なかった声が、これから、聴こえてくる。

新月に向かって、その声は、次第に大きくなっていく事でしょう。

 

 

ネガティブな気持ちではなくて、喪失感ではなくて、「わたしだけに届いている声」として、使命感を持って聴きたい。

多くはできなくても、「わたしにだけ」できる事に、気が付いていける巡りになっていきます。

 

 

占星術では、通常は、「太陽星座」を基準に観るのが一般的です。

ただ、最近では、「太陽星座」だけではなくて、「月星座」も大切に観るそうです。

 

「太陽星座」とは、自分が誕生した日の天体に、太陽がいる「部屋」の星座のことです。

「月星座」とは、太陽ではなく月がいる「部屋」の星座」のことです。

 

 

太陽は、約30日毎に、一つの星座を移動していますが、月は約2.5日で移動します。占星術で扱う天体の中では、月が一番速く移動します。

月は「感情」の天体。「感情」はそれだけくるくると変わっていくもので、人の心の儚さは、まるで、月の満ち欠けのように、満ちては欠けていく。

「月星座」からは、その「感情」の個性を観ていくことです。

 

 

「不確実性」の時代と言われているからこそ、人は、気まぐれな「月」のように、くるくると形を変えていきたいと、形を変えないといけないと、感じているのかもしれませんね。なので、「月星座」が脚光を浴びて来たのでしょう。

 

 

でも、やっぱり、「頑張る」のが、なんとなく落ち着く。

何もしていないと焦って、頑張って結果を出している人を見ると、自分と比較して落ち込んでしまう。

 

それは、「陽」が良くて、ポジティブが良くて、大きいことが良くて、、、、

その方が評価を受け易いから。評価をもらえないと、自分が認められない焦りや喪失感が芽生えてしまいます。

 

 

「陰」と「陽」とは、常にバランスをとっています。

なので、どちらかが一方的に「旺盛」となった「景色」は、気のバランスから考えると、「いびつな景色」となります。

もしも、「陽」が極まったら、沈まない「太陽」がずっと空高く上がっていて、夜がやってこない。そんな「景色」です。

 

 

全ては明るみに晒されて、休むことや逃げること、隠れることができない「景色」です。

「陽」だから、全て良いとは言えない・・・。やはり「陰」も必要ですね。

 

 

 

17日 月は「新月」となります。

「新月」に向かって、手放していきましょう。

それは、失うのではなくて、「解放」していくイメージを持って。

 

 

 

気の巡りの最後は、「水・陰」です。

「水・陰」の景色は、恵の水が、全てに降り注ぎ、全てと一体化していく様です。

 

なので、失うのではなく、「全て」となる。境界線がなくなって、溶け込んでく。許して受け入れていく。水に流していく。

 

それは、新しい「芽」の誕生のために。

世代交代のために。バトンを渡します。

 

 

 

ユング心理学では、無意識の領域のほうが、人間が意識できる領域よりもはるかに大きく、むしろ生命力の源泉であるというふうに考えています。

24時間以上、光の下で全てを意識し続け、あらゆることがわかりすぎてしまった人間の頭は、きっと爆発してしまうでしょう。

だからこそ人間は毎夜、無意識の世界に帰り、全てを解放し、エネルギーを充電してくれる必要があるのです。

(「鏡リュウジの占い入門4 鏡リュウジのルネーション占星術」 鏡リュウジ著 株式会社説話社発行)より抜粋。