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「相反する大きな二つ」が内在する時、最高の「景色」が生まれる:カリスマ論:四柱推命は深くてとても面白い「丙・壬」

どんな人でも「二つの顔」を持っています。

 

人は「社会」の中で、周囲と折り合いを合わせながら、また、周囲に影響を受けながら、「自分」を確立していきます。

 

「核」となる自分が、周囲の「反応」を観察しながら、その場で最も適した「仮面」を持ち、その「仮面」を育てていきます。

それが、社会性を磨くことです。

 

「核」と「仮面」のギャップが大きいと、たまに漏れ出す「核」が、他人から見て、ブラックホールのような「隙」となり、他人が魅了されて吸い込まれます。

 

「隙」を見つけた人は、その「隙」の中身を知りたくなって、その人に興味を抱きます。「隙」は自分だけが見つけた「秘密基地」のようなものです。誰にも渡したくなくなって、自分だけの「基地」として、独占したくなるのです。

 

なので、ギャップのある人は、モテます。

 

 

「相反する」二つは、とても不安定な存在です。

 

 

人は「安定」したいので、「不安定」な存在が気になって仕方がありません。

 

これからどっちに向かって行くのだろう

急に消えてしまわないだろうか

良いのか悪いのか結局のことろどっちなんだろう

 

そんな「不安定」な状態では、心が落ち着かず、心が動く状態となります。

 

だから、「不安定」だと目が離せません。

 

 

 

全てのものは陰陽の相反するものが、お互い影響しながら存在しています。

「陰」だけとか、「陽」だけで存在するものはありません。

 

 

人の「核」もまた、「相反する二つ」の顔を持っています。

「相反する二つ」の「核」は、自分の中で常に戦っています。

 

 

優しい自分と、残酷な自分

受容する自分と、拒絶する自分

消え入りそうな儚い自分と、決して動かない頑固な自分

炎の様に燃えている自分と、刺すほどに冷たく凍りついた自分

 

相反する二つは、「葛藤」として自分の中でせめぎ合っているのです。何かを決断するときも、二つの間で大きく揺らぎます。そして、意を決して決断した後でも、もう一つの「自分」が、常に、意地悪く、厳しく、それで本当に良かったのかと問うてきます。なので、折り合いをつけるためには、いつも「自問自答」を繰り返しながら、二人の自分との戦いが続きます。

 

 

二つの相反するものが、両極端であればあるほど、その人そのものが「不安定」です。その人から、「不安定」のオーラの光が、内側から滲みでます。

 

人は「不安定」なものは、気になって目が離せません。

 

「カリスマ性」」がある人は、両極端な二つの自分との間で「葛藤」している人です。

 

当の本人にとっては、自分との「葛藤」で精一杯なので、他人の眼を気にする暇もなく、なのでマイペースな人だと誤解をされてしまうこともありますが、本当は、とても「不安定」で傷つきやすい人なのです。

 

なので、「カリスマ性」のある人は、社会の中では生きづらいかもしれません。

 

 

森羅万象全てのものは、「木・火・土・金・水」の五つの「気」を宿しています。

 

五つの気は、お互いに、力を与えたり(相生:そうせい)、力を抑えたり(相剋:そうこく)して、影響しあいながら、全体のバランスをとっています。

 

木は火を生み出す(木を火に入れると火力が増す)

火は土を生み出す(火が燃えることで土となる)

土は金を生み出す(土の中で鉱物金が育つ)

金は水を生み出す(金が溶けて水となる)

水は木を生み出す(水を与えて木が育つ)

木は土を剋する(木は土の養分をもらうことで成長する)

火は金を剋する(火は金を溶かす)

土は水を剋する(土は水をせき止める)

金は木を剋する(金は木を切る)

水は火を剋する(水は火を消す)

 

推命家が、お客様の気の調整をする時には、この力関係を利用して行っていくのです。

 

 

調整を行う時に、最も注意が必要とされている組み合わせがあります。

それは、「火」と「水」の組み合わせです。

勢いよく大河となって流れる水と、熱く燃え盛る火が合わさると、水がたちまち沸騰して、水蒸気となり、火は勢いを増し、危険な状態になると考えられています。(水火激中)

なので、火がとても強い気を持った命式の人に、火を抑えようと、不用意に水を用いてはいけないとされているのです。

 

このような場合には、まず「金」を補い「火」のエネルギーを抑え、「金」が溶けることで「水」の気を増す。

つまり

「金」を補うと良いとされています。

 

これは、「教科書通り」の解釈です。

巡る「気」に対しては、全く逆の解釈があります。

 

四柱推命が、「教科書通り」では終わらないのが面白いところでもありますが、深く学ぶと学ぶほどに「深み」にハマるのは、様々な「解釈」があるからです。

なので、「学ぶ」と答えが見えなくなります。答えは「見る」ものではなく、「感じる」ものです。

 

「暦」のブラックホールは、果てしなく深く、とても魅力的です。

 

 

五つの「気」にも陰陽があります。

 

「木」の「陽」は「甲(きのえ)」

「木」の「陰」は「乙(きのと)」

 

「火」の「陽」は「丙(ひのえ)」

「火」の「陰」は「丁(ひのと)」

 

「土」の「陽」は「戊(つちのえ)」

「土」の「陰」は「己(つちのと)」

 

「金」の「陽」は「庚(かのえ)」

「金」の「陰」は「辛(かのと)」

 

「水」の「陽」は「壬(みずのえ)」

「水」の「陰」は「癸(みずのと)」

 

「陽」は、エネルギーが強く、外向きの気です。

「陰」はその逆になります。

 

「火」の極みは「丙」です。

「水」の極みは「壬」です。

 

「丙」と「壬」は、とてもエネルギーが強く、特に「丙」が一つあると、命式全体を太陽の様に照らしてくれて、「良し」とされます。

 

実は、巡る運気で「丙」と「壬」が出会う時、つまり、「火」の極みと、「水」の極みが一緒になる「景色」は、「最高の景色」とされています。

 

どこまでも続く大海原に、真っ赤に燃える様な太陽が輝き、水の表面は眩しいほどにキラキラと輝いているイメージです。

 

 

「海」は生命の源です。生命の源に、溢れるほどの情熱が降り注ぎ、そして生命が光輝く。そんな「景色」なのです。

 

 

「カリスマ性」のある人の「核」の景色は、そんな感じなのだと思います。

 

 

相反するものが、両極端であればあるほど、生み出される力は大きくなります。少しでも、バランスが崩れようものならば、「崩壊」してしまうほどの力となって「核」を潰しにかかります。

それでも、必死にバランスをとる。

生み出される力の大きさは、とても美しい光となって、とても深いブラックホールとなっていきます。

だらか、人は魅了されるのです。

 

だから、心から応援したいし、全力で守っていきたいのです。