なぜ、自分の運は自分で決めることができるのか:「命式」の4つの柱が教えてくれる運
四柱推命で扱う「命式」を作成するために必要な情報は
・生まれた年
・生まれた月
・生まれた日
・生まれた時間
・生まれた場所
この5つです。
上から3つまでは、「生年月日」です。
そして、生まれた時間と生まれた場所は、ワンセットで必要です。
なぜかと言うと、日本の会社が出版している「万年暦」は、日本標準時間を元に作られているからです。なので、2時間毎に変わる暦の、ちょうど狭間に生まれた場合は、標準時間を無視してそのまま考えてしまうと、時間の暦が異なってしまう場合があるからです。
なので、できれば「母子手帳」に記載された時刻を確認する方が、より正確に命式を求める事ができます。
もしも、生まれた時間が分からなければ、それは仕方がありません。
ただ、「朝方生まれたらしい」とか、「夜中に生まれた」など、できる限りの情報があれば、それらを元に、数パターンの「命式」を作成します。
それでも、本当にわからなければ、「時柱」のない「命式」を作成します。
「時柱」が欠けた「命式」でも、運気の流れは知ることができるので、大丈夫ですよ。
なので、ご安心くださいね。
最近は、ほぼ皆さんが、病院で生まれておられるので、母子手帳には、正確な生年月日が記載されていますよね。
しかも、出生届も、正確な誕生日を記載されて、いるので、実際の生まれた日と、届出の日は、ぴったりと合っています。
ただ、半世紀前頃には、実際に生まれた日と、届けの日が異なっている場合も結構あったそうです。
特に、年末ギリギリに生まれたけど、年明けに落ち着いたころ出して、つい、提出した日にちをうっかり書いてしまった・・・・とか、年度代わりギリギリだと、同学年の中で「一番下」は可哀想だから、次の学年に入れる様に4月2日に生まれた事にした・・・・。など、その他、様々な理由で、「二つのお誕生日」をお持ちの方もおられます。
その場合、どちらの「お誕生日」で「命式」を作るのかというと、もちろん、本当にこの世に生まれ落ちた日です。
毎日、「気」が流れていて、「気」の景色は毎日違っています。毎日違った特徴を持った「気」の景色は、その違いが「個性」です。
生まれた瞬間に、まっさらな「命」が、その時に流れていた景色に染まるのです。
そして、それが、自分の命の景色となって「個性」となります。
なので、本当のお誕生日を元に「命式」を作るのです。
ただ、本当のお誕生日が、わからない場合は、仕方がないので、届出の誕生日を元に「命式」を作ります。
そんなのじゃ、ちっとも当たらないんじゃないかと思ってしまいますよね。
でも、不思議なことに、届出の誕生日でも、けっこう「当たった」と感じるんです。
こんな事を言ってしまうと、「占いなんて、適当なんじゃないの」と思ってしまいますよね。
私も、「適当」だな・・・と思うので、あなたと同じです。笑
でも、いい加減の「適当」ではなくて、良い感じて「適当」と言った方が当てはまると思います。
「占い」の解釈は、その人の「景色」を紐解いていきます。
例えばそれは、とても細かい部分に注目する場合もあれば、とても大きく広い抽象的な部分に注目する場合もあるのです。
抽象的な部分を並べてみると
あなたは優しいところがあるけど、許せない事があると、途端に冷たくなって、「いやです」とはっきりと言える冷静な部分もありますね。。。こんな感じかな。
これは、皆んなに共通に当てはまりますよね。
だから、当たった気持ちになります。
でも、「それで・・・結局・・・何?」とモヤモヤします。
決め手にかける、というか、パンチがない。。。。
やはり、細かい部分も、切り取って観ていかないとだめなのです。
「命式」は4つの「柱」で出来ています。
生まれた年の「年柱」は、その年の「特徴」を
生まれた月の「月柱」は、その月の季節の「特徴」を
生まれた日の「日柱」は、その日の「特徴」を
生まれた時刻の「時柱」は、先の日の「特徴」を
それぞれ表しています。
「年柱」と「月柱」が表している「特徴」は、幅が広いので、自分以外の人も同じ「特徴」を持っている人がいます。(同級生とか、同じ月に生まれたなど)
「日柱」と「時柱」は、もちろん、全く同じ瞬間に生まれた人は、世界中のどこかには必ずいますが、ある程度「ピンポイント」の幅に絞られるために、個人の「特徴」を表します。
つまり、「命式」は、「年・月」と「日・時」の二つに分解できるのです。
これは、太陽と地球の動きからも当てはまります。
「年・月」は「公転」から生まれる巡りです。
「日・時」は「自転」から生まれる巡りです。
なので、正確なお誕生日ではなくても、「公転」狙いでいくと当たります。
ちなみに
「年柱」は「親からの影響」
「月柱」は「社会の中での運」
「日柱」は「個人的な運」
「時柱」は「最後に掴みたい運」
を表していると考えます。
つまり、
「年・月」は環境運
「日・時」は個人運
こちらも、「公グループ」と「自グループ」に分類できますね。
人は社会の中で、他の人との比較によって、自分の立ち位置を知っていきます。
小さな子供ですら、環境の中に溶け込もうと頑張っている子供たちもいます。
それではだめだと、自分らしく生きるべきだと、言えない環境もあり、環境に染まる方が楽にいられる場合もあります。
占いでも、「日柱」で観るより「月柱」の巡りを重ねた方がしっくり行く事があります。
特に仕事運は、私の場合は「月柱」で観ます。
そして、その方が当たっていると言われます。
環境の中で、滑ったり転んだりしていると、どうしても譲れない思いや、手放せない感情の存在に気がつきます。
それを具体的に言葉や形にしたものが、「日柱」の景色ではないかと感じています。
そして、それを体感できた時、感じる感情が「時柱」の景色だと思うのです。
それは、経験を通じてわかるものです。
占いで優しい人だと言われたら
誰にどんな時にどんな感じで優しくできるのか
嫌なことをはっきり言える人だと言われたら
何が嫌で、なぜ嫌だと感じるのか
それを切り取って、分析していくと
たとえ、実際のお誕生日と、届けた日が違っていても、生まれた時間が分からなくても、「自運」は導き出せると思います。
いつも自分の気持ちを大切に、素直に自分と向き合っていられたら
最後の最後には、きっと「時柱」の景色に染まっていることでしょうね。
だから、自分の運は、自分で決める事ができると思っています。